09.11.03(火)
先日の松永山陽道歩きで出会った方が神辺の本陣のボランティアガイドをされていると聞いて、何時かは
行ってみようと友達と漠然と約束はしていたが、今日は偶々天気も良さそうだし二人の都合も良かったこと
から早速出かけることになった。
廉塾も本陣もこの場所にある事は知っていたし、傍は度々通っている。
でも何時でも行けると思ったし、人から車を停める所は無いと聞いていたので興味はあったがつい行きそ
びれていた。
まず、神辺本陣へ。
ガイドさんが親切に丁寧に説明をして下さった。
【神辺本陣】県重要文化財
江戸時代に参勤交代の大名が宿泊した施設で1200坪の広さを持ち、母屋は1748年に建てられ、今も
ほぼ面影を残している。しかし、ここを管理するのは大変なようである。
今は表通りから入った静かな佇まいであるが、往事は賑わったようである。

ここでガイドさんにお礼を言って次は500mほど離れた廉塾へと移動。
【廉塾と菅茶山旧宅】国特別史跡
菅茶山は神辺町川北で1748年に生を受け江戸時代の漢詩人として名をはせた。
茶山の作詩能力は豊かな自然と人々の往来で賑わう宿場町ではぐくまれたようだ。
1718年に茶山が開いた私塾(後の廉塾)は四国・九州・東北地方からも塾生が集ったが身分に関係なく
受け入れた言われる。只行儀作法には厳しかったようだ。
1796年に福山藩に献上し今の廉塾と呼ばれるようになり、1809年には頼山陽が塾頭を務めたこともあった。
山陽道を行き来する文人学者の多くの人々がこの塾に立ち寄ったそうである。
塾生の住んだ建物は門を入って畑を通りすぎると右手に残っていて、さらに勉強をしていたとされる部屋の前
には今も綺麗な水が流れていて、筆や硯など洗っていたよう。
縁の前には今は無いが大きな池がありその向こうに大きな楠木が今もしっかり立っている。

ここでボランティアガイドをして下さった方はとても親切で話し好きで、コーヒーとお菓子まで頂いて、しっかり
話し込んでしまった。
長居をしてしまったが、ここでもお礼を言って廉塾を後にし吉野山まで走ってみた。
吉野山は桜の名所で二度ほど花見で訪れたことがある。歴史民族資料館の入り口に車を止め、ここから少し歩くと神辺城址のある場所に着く。ここからの眺めは最高だった。
